※登場人物は全て仮名です。干し芋まとめ買いにハマった女性のお話です。
午後三時。オフィスの自販機前で、私はまたマルチビタミンのボトルと睨み合っていた。
「月三千円か...でも美容には投資しないとね」
そう自分に言い聞かせながら、今月で何本目かのサプリメントをカートに入れる。コラーゲン、ビタミンC、食物繊維、鉄分。気づけば洗面所はサプリメントのボトルで埋め尽くされ、まるでドラッグストアの棚のようになっていた。
そんなある日、会社の後輩・ミサキが休憩室で何か食べていた。
「先輩、これ超おすすめなんですよ」
差し出されたのは、琥珀色に輝く平べったい何か。
「...干し芋?」
「そうです! 国産の紅はるかっていう品種で、めちゃくちゃ甘いんです。しかもサプリ代わりになるって、SNSでバズってて」
は? サプリ代わりに干し芋?
「ミサキちゃん、それちょっと情報が古くない? 干し芋って、おばあちゃんちのコタツにあるやつでしょ」
「先輩...それ昭和の知識で止まってますよ。今の干し芋、完全に別物です」
そう言ってミサキはスマホを見せてくれた。SNSには「干し芋生活2年目」「サプリやめて干し芋にした」「子どものおやつもこれ一択」という投稿が溢れていた。
「でも高いでしょ?」
「今お試しで1000円ポッキリのもあるんです。訳ありならまとめ買いのも安くて一袋あたり三百円くらいで」
三百円。私が飲んでるサプリメント、一日換算で百円はする。しかもあんなに錠剤を飲んでも、正直効果を実感したことはない。
「...試しに一袋もらえる?」
「どうぞどうぞ! ただし、ハマっても責任取りませんからね」
ミサキは意味深に笑った。
帰宅後、私は恐る恐る干し芋の袋を開けた。
ふわっと広がる焼き芋の香り。スーパーで売ってる安い干し芋しか知らなかった私は、この時点で少し驚いた。
一口齧る。
「...え?」
柔らかい。しっとりしている。そして、甘い。砂糖を使っていないのに、まるで高級和菓子のような自然な甘さ。噛むほどに口の中に広がる芋の旨味。
気づけば、二切れ、三切れと手が伸びていた。
「ちょっと待って。これ、干し芋だよね? おばあちゃんちの固いやつと同じ食べ物だよね?」
確認のためにパッケージを見る。「茨城県産 紅はるか 無添加 砂糖不使用」
成分表示を見て、私は目を疑った。
食物繊維、一袋で一日の必要量の半分以上。ビタミンB群、カリウム、鉄分も豊富。しかも原材料はさつまいもだけ。
「これ...完全にサプリじゃん」
しかも食べて美味しい。満足感がある。私が毎朝義務的に流し込んでいた錠剤の束とは、明らかに次元が違う。
翌日、私は会社でミサキに詰め寄った。
「ミサキちゃん、あのサイト教えて」
「えっ、先輩、気に入ったんですか?」
「気に入ったとかそういうレベルじゃない。昨日一袋食べ切った」
「一袋? あれ二百グラムありますよ?」
「知ってる。止まらなかった」
ミサキは呆れた顔で、スマホを見せてくれた。
「今ちょうど月末セールやってて、五袋買うとさらに一袋おまけとか」
「ポチる」
「即断ですね」
「だって、私が毎月サプリに使ってるお金、一万円超えてるんだよ? これなら月三千円で済むじゃん」
その日の夜、私は初めて「国産干し芋」で検索した。
そこには知らなかった世界が広がっていた。
品種による味の違い。紅はるかは濃厚で甘みが強く、シルクスイートは上品で滑らかな食感。紅あずまはホクホク系で懐かしい味わい。
産地による特徴。茨城県は生産量日本一で、静岡県は独自の干し方にこだわりがある。
そして、多くの母親たちが「子どものおやつに市販のお菓子をやめて干し芋にした」と書いていた。
無添加。砂糖不使用。栄養豊富。腹持ちがいい。
「なんで今まで知らなかったんだ...」
私は震える手で、五袋セットを三つ、カートに入れた。
一週間後、段ボールが届いた。
開けた瞬間、甘い香りが部屋中に広がる。十五袋の干し芋が、まるで宝石のように並んでいた。
「これで当分、サプリ買わなくて済む」
私は早速、紅はるかを一切れ口に入れた。やっぱり美味しい。罪悪感ゼロで食べられる甘いものなんて、人生で初めてかもしれない。
その日から、私の生活は変わった。
朝、コーヒーと一緒に干し芋を二切れ。午後のおやつに干し芋。小腹が空いたら干し芋。
洗面所のサプリメントは徐々に減り、代わりにキッチンには干し芋のストックが増えていった。
そして一ヶ月後、私は気づいた。
肌の調子がいい。便通が改善した。午後の眠気が減った。
サプリメントを飲んでいた時より、明らかに体調がいい。
「そうか...食べ物から栄養を摂るって、こういうことか」
当たり前のことに、三十二歳にして気づいた。
さらに一ヶ月後、私は完全に「干し芋マダム」になっていた。
会社の引き出しには常に干し芋。友人への手土産は干し芋。実家への帰省土産も干し芋。
「ねえ、これ本当に美味しいから食べてみて。紅はるかとシルクスイート、両方入ってるの。食物繊維が豊富で、ビタミンBもあって、無添加だから安心だし...」
気づけば、かつてSNSで干し芋を推していた人たちと同じことを、私も熱弁していた。
母からは「あんた、干し芋の営業マンにでもなったの?」と言われた。
違う。私はただ、本物を知ってしまっただけだ。
そして今日も、私はスマホで「干し芋 セール情報」を検索している。
「お、シルクスイートが二十パーセントオフ。これは買うしかない」
ポチる。
在庫を確認する。まだ十袋ある。
でも安い時に買わないと損だ。
「ミサキちゃん、今日シルクスイート安いんだけど、一緒に買わない? 送料無料のライン超えたいから」
「先輩、先週も同じこと言ってましたよね」
「言ってた。でも今回の方が安い」
「...完全に沼ってますね」
「沼って悪い? サプリに一万円使うより、干し芋に三千円使う方が、よっぽど健康的だと思うけど」
ミサキは笑いながら、自分のスマホを取り出した。
「じゃあ私も買います。でも先輩、そろそろ干し芋の収納場所、考えた方がいいですよ」
見れば、我が家のキッチンはもう干し芋で埋まっていた。
でも、いいのだ。
これは投資だ。健康への、美容への、そして幸せな間食時間への投資。
サプリメントの錠剤を無表情で飲み込んでいたあの頃の私に、誰か教えてあげてほしい。
「ねえ、サプリより干し芋の方が絶対いいよ」って。